ティージー株式会社は、ガラス・サッシ工事、太陽光発電工事などを通じて、地域の暮らしを支える会社です。
住宅や商業施設、公共施設など、幅広い現場で安心・快適な環境づくりに貢献しています。
地元密着の姿勢を大切にしながら、信頼と実績を積み重ねてきた私たち。高品質な施工に加え、丁寧な対応やアフターフォローにも定評があり、多くのお客様からリピートや紹介をいただいています。
売上や社員数、勤続年数などの数字からも、安定した経営基盤や働きやすさがうかがえます。
「地元で長く働きたい」「誇れる仕事がしたい」──そんな方にこそ知ってほしい、ティージーの姿をご紹介します。

Business
details

ティージーの事業内容

お客様の理想を形にするリフォームを提供。窓・エクステリア、水回り、太陽光発電など幅広くご提案。

窓のリフォーム

窓のリフォーム

防音窓、断熱窓、賃貸内窓、
シャッターなど

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玄関のリフォーム

玄関のリフォーム

玄関ドア、玄関引き戸、勝手口など

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エクステリア

エクステリア

カーポート、フェンス、ウッドデッキ、
テラス、フェンスなど

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中古エクステリア販売

中古エクステリア販売

中古・アウトレットのエクステリア商品の買取・販売など

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太陽光発電

太陽光発電

太陽光発電、蓄電池、V2H、オール電化
(IHクッキングヒーター・エコキュート)

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水回りのリフォーム

水回りのリフォーム

キッチン、洗面化粧台、お風呂、
トイレなど

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断熱工事

ペットリフォーム

大切な愛犬、愛猫のための
リフォーム全般

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ペットリフォーム

断熱工事

ヒートショック防止など断熱改修工事全般

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Business
number

数字で見るティージー

お客様の理想を形にするリフォームを提供。窓・エクステリア、水回り、太陽光発電など幅広くご提案。

創業年

創業年

1946年6月1日

従業員数総数

従業員数総数

30名

平均年齢

平均年齢

45歳

年間休日

年間休日

111日

新卒割合

新卒割合

68%

中途割合

中途割合

32%

職種構成比

職種構成比

営業40% 
工事40% 
事務20%

平均継続年数

平均継続年数

20年

福利厚生プラン

福利厚生プラン

30

ティージー物語

HISTORY

歴史で見るティージー

愛知県、豊橋市で街の小さなガラス屋 「高橋硝子店」 として創業し、地域の皆様に支えられ70年以上が経ちました。 創業当初の窓ガラスの修理から、今は、住居に彩りを与え、より快適なライフスタイルを提案する「玄関ドア」や「窓サッシ」「太陽光発電」などを中心に、デザイン性と機能性を兼ねそろえた多彩な商品を取り扱っております。
皆様がお困りのときはすぐに駆け付け、いつもご挨拶を交わせるような地域密着型の「行きつけの窓屋さん」であり続けたいと考えています。
また、お見積り→施工→アフターメンテナンスまですべて経験豊富な自社スタッフが対応いたしますので、安心の工事を保証します!

#1 ティージー創業前夜

1914〜1945

ティージー株式会社の前身となる高橋硝子店の創業者・高橋貢は、
大正3年(1914年)、田原市野田町(当時の渥美郡野田村)に生まれました。
4人兄妹の3男として生まれた貢は15歳の頃、豊橋にある金物や板硝子の卸問屋を営む「岩田屋」で働き始めます。
ところが時代は、日本が第二次世界大戦へと戦争への道を歩み始めた時代。
貢も海軍に入隊し、昭和10年には広島県の呉海軍航空隊員に入隊。太平洋戦争では連合艦隊の機動部隊に所属し、たくさんの海戦に参加することとなりました。
広島・長崎に原爆が投下された昭和20年には、鳥取県にある航空隊に所属していたそうですが、
終戦とともに地元である愛知に帰郷。当時の様子をこう残しています。

創業者・高橋貢
豊橋の駅に降りた時、焼け野原の豊橋の姿を見て涙が出た。 なんとか故郷にたどり着き、妻子に会え、感激し嬉し涙が出た。

ティージー株式会社(高橋硝子店)の歴史は、軍人として終戦を迎えた
先々代の貢が、地元に帰ったところから始まります。
創業者の時代から働いてくれている職人さんもいるくらい、社員一人ひとりが家族のような存在となっているティージー株式会社。

#2 ティージー創業の日

1945年12月23日

豊橋で、戦後の新しい生活を始めようと決心した創業者の貢。
昔の知人はいないかと豊橋を歩いていたところ、偶然にも豊橋で働いていた際に、板硝子を買ってくださっていたお得意さんに出会い「できるだけの援助はする」という温かい言葉をいただきます。さらに、10坪ほどのバラックを譲ってくれるという方も現れます。
こうしたご縁のおかげで、豊橋でなんとかやっていけそうと思った先々代の貢は、妻と子と一緒に、牛車に引越し荷物を積み込み、12月22日に豊橋へと向かいます。

#2 ティージー創業の日
昭和21年12月22日。家族の荷物を積んだ牛車で真夜中の月明かりを頼りに出発した。 〜中略〜 荒れた砂利道、荷物を積んでの牛車、牛もなかなか歩かない。植田の坂道まで来たがどうしても牛が歩かなくなり困った。 仕方がない。私も荷物用のロープを牛車に取り付け、ロープを肩にかけ、牛と一緒に牛車を引いた。 〜早朝には東八町の我が家について嬉しかった。

#3 街のガラス屋さんとして
戦後復興の担い手に

1945年~1990年

ティージー株式会社の原点は、戦後間もない1946年(昭和21年)。貢が、豊橋市八町通5丁目で「高橋硝子店」を開業したことから始まります。終戦の混乱が続く中、最初に任された仕事は、戦火で焼け残った学校のガラス補修。そこには、かつて貢が卸問屋で働いていた頃に縁のあった戸田さんという方が手を差し伸べてくれたという、心温まるエピソードも残されています。
平和が戻り、日本中が前へと進んでいた復興の時代。戦争で青春を奪われた世代の貢にとって、この時期は「遅れてきた青春」ともいえる、夢を追いかける時間だったのかもしれません。
時代の変化に対応しながら、1967年(昭和42年)には「株式会社高橋硝子店」として法人化しました。

#3 街のガラス屋さんとして戦後復興の担い手に

アルミサッシ事業を本格的に開始し、
1974年には現在の牛川通2丁目へと社屋を移転します。1985年には2代目・高橋英昭が代表に就任し、
1990年には社名を現在の
「ティージー株式会社」へと改称。

新たなステージに歩を進めました。

アルミサッシ事業を本格的に開始し、1974年には現在の牛川通2丁目へと社屋を移転します。1985年には2代目・高橋英昭が代表に就任し、1990年には社名を現在の「ティージー株式会社」へと改称。新たなステージに歩を進めました。

#4 新しい挑戦とともに歩む、地域の未来

1990年~今

2002年にはシャープと特約店契約を結び、いち早く太陽光発電事業に参入。
2010年にはMADOショップ豊橋牛川通店として窓リフォーム事業をスタートし、2012年には現社長・高橋哲也が代表に就任
社屋も牛川通3丁目へと移転しました。そして2018年には、断熱リフォームの体感ショールームを開設。
さらに2022年には、中古エクステリアの買取・販売事業にも着手するなど、街のガラス屋さんの枠にとらわれない、多角的な事業展開を進めています。
“時代の声に耳を澄ませ、
仲間やお客様を大切に、
全力で仕事に取り組む”──

そんな貢の精神は、脈々と今のティージーにも息づいています。
地域とともに歩んできた私たちの物語は、
これからも続いていきます。

#4 新しい挑戦とともに歩む、地域の未来

そして2018年には、断熱リフォームの体感ショールームを開設。
さらに2022年には、中古エクステリアの買取・販売事業にも着手するなど、街のガラス屋さんの枠にとらわれない、多角的な事業展開を進めています。
“時代の声に耳を澄ませ、
仲間やお客様を大切に、
全力で仕事に取り組む”──

そんな貢の精神は、脈々と今のティージーにも息づいています。
地域とともに歩んできた私たちの物語は、
これからも続いていきます。

そして2018年には、断熱リフォームの体感ショールームを開設。さらに2022年には、中古エクステリアの買取・販売事業にも着手するなど、街のガラス屋さんの枠にとらわれない、多角的な事業展開を進めています。“時代の声に耳を澄ませ、仲間やお客様を大切に、全力で仕事に取り組む”──そんな貢の精神は、脈々と今のティージーにも息づいています。地域とともに歩んできた私たちの物語は、これからも続いていきます。 そして2018年には、断熱リフォームの体感ショールームを開設。さらに2022年には、中古エクステリアの買取・販売事業にも着手するなど、街のガラス屋さんの枠にとらわれない、多角的な事業展開を進めています。“時代の声に耳を澄ませ、仲間やお客様を大切に、全力で仕事に取り組む”──そんな貢の精神は、脈々と今のティージーにも息づいています。地域とともに歩んできた私たちの物語は、これからも続いていきます。